80周年記念登山・白馬三山縦走
期 日:令和8年7月24日(金)~27日(月)
参加者:会員7名
行動記録と天気:
7月24日(金)晴れ 移動日 栂池ヒュッテ泊
7月25日(土)晴れ 行動時間 8h30 白馬山荘泊
6:30栂池(1,850m)~7:25銀嶺水~7:55天狗原(2,202m)~9:28乗鞍岳(2,436m)~10:00~白馬大池(2,379m)10:25 ~12:28小蓮華山(2,766m)~13:32三国境(2,751m)~14:38白馬岳(2,932m)~15:00白馬山荘(2,832m)
7月26日(日)ガスから雨、雷あり 行動時間 5h30
6:10白馬山荘(2,832m)~7:50杓子岳(2,812m)~9:08白馬鑓ケ岳(2,903m)~9:32分岐~11:40鑓ケ岳温泉小屋(2,100m)泊 ※浦山単独猿倉雪渓降り9:35猿倉荘 帰秋
7月27日(月)雨のち晴れ 行動時間 3h45
6:50鑓ケ岳温泉小屋(2,100m)~8:47小日向のコル(1,824m)~10:35猿倉荘(1,250m)
八方の湯 入浴後、長野駅から帰秋
感想 ①
うま年の記念登山に会員・会友7名で白馬三山縦走を無事終えることができた。仕事の都合で単独、車で往復して参加した浦山会長、ありがとうございました。参加者の皆さま、お疲れさまでした。今回のコースは、初日は天狗原湿原・乗鞍岳雪渓・尾根歩き等変化に富む長い登り、2日目は白馬岳・杓子岳・白馬鑓ケ岳縦走とお花畑の下り・露岩鎖場で温泉付きの小屋へ、3日目は硫黄泉で洗われた道・橋のある沢・お花畑から樹林帯で下山というコースで、山の醍醐味をゆっくり味わえる予定だった。初日は、晴れたりガスったりで、消耗することなく登れたが、2日目は、ガスから雨、雷もあり、濡れネズミとなった。幸い気温が高く、低体温となることはなかった。この日この山域でかなりの遭難救助要請があったとのこと、私達が無事に全員事故無く通過できたことは本当に良かった。流石、秋田山岳会!楽しみにしていた三山からの大展望は全くなく残念だった。代わりに山のいで湯をゆっくり楽しんだ。白馬鑓ケ岳の急峻な崖に立つ白馬鑓ケ岳温泉小屋は、冬は深い雪に閉ざされ雪崩もあるので毎年建て壊しているそうだ。白馬岳は花の百名山でもあり、お花は種類も多く群落も大きく雨のお陰で色も鮮やかで素晴らしかった。会員・会友が一緒に登ることで久々の交流もでき良かった。秋の駒ヶ岳登山、多くの方が参加できたらと思った。皆様、是非ご参加ください。
感想 ②
秋田山岳会の山行への参加は32年ぶり、角館へ嫁いでからというもの正直なところこのような日が来るとは夢にも思っていませんでした。参加する勇気を下さったA女、彼女と行き会わせて下さったけんちゃんに感謝いたします。
さて、日頃の会山行に参加していない私。リーダーの後藤さんにとっては不安要素たっぷりなんだろうな~と思いましたが、下界でのトレーニングしかできずあっという間に出発の日が来てしまいました。
24日 出勤前の夫に大曲駅へ送ってもらい、秋田駅からこまちに乗っている他メンバーと合流。途中、大宮駅でKさん長野駅でAさん、栂池高原で会長と合流し昼食後ゴンドラとロープウェイに乗り込み栂池ヒュッテ到着。最後に新宿からバスで移動していた佐々木さんが少し遅れて到着し、メンバー全員無事に揃うことができました。入浴後、夕食は翌日の山行に備え?女性陣はアルコールなし、夜7時半ころに就寝。
25日 一瞬小雨で「雨の登りか~」と心配しましたが、出発の頃には上がり順調にスタートできました。乗鞍岳の登りは調子を整えながら慎重に歩きました。トップの浦山会長のペース配分と曇り空が幸いして、それほど体力を消耗せず元気に白馬大池に到着しました。15分間の休憩はトイレの待ち時間に大半が消えてしまい、エネルギーの補給が不十分になり焦りましたが、実はトイレに行く前にIさんから前日の朝に畑から収穫して来たというミニトマトご馳走になっていたのでサンキュウー♪でした。小蓮華山への登りでは雷鳥のつがい、三国境から白馬岳の登りでも雷鳥の親子連れと遭遇しました。「雨具を付けて強風の中の山行だからこそ」と相原さんが話しているのを聞き、「本当にそうだな、頑張ろう!」と思いました。時々振り返ると雲の間から一瞬だけ美しい稜線が現れ感激!!何度も来ている、IさんやAさんより、後ろの稜線から続く雪倉岳や朝日岳の事を、KさんやGさんからはお花畑の事、自分だけで登っていたら知りえない沢山の山の情報がどんどん出てきて「なんて贅沢な山行なんだろう(^^♪」と思いました。無事、白馬岳山頂で記念写真を撮り、白馬山荘へはほぼ予定通りの15時頃に全員到着できました。しかし、そこから…リーダーに度重なるバトルが訪れることになりました。先ず一つ目は、大部屋の自分たちに割り振られた布団に先客がいました。状況が把握できない私の目の前で、リーダーはテキパキと相手のリーダーやガイドとフロントへ行き問題を素早く解決してくれました。自分の布団が決まり、一息入れてから小屋周辺を散策していざスカイプラザ白馬へ!早くから始めていた男性陣の席にちゃっかりお邪魔してお待ちかねのアルコール解禁となりました。窓際の席、時々雲の切れ間からのぞく稜線を眺めながら乾杯は最高♪でした。夕食の時、二つ目のハプニングが…食券が一枚足りない…リーダーまたもやフロントへ。私は酸素薄いせいか、アルコールのせいか思考が働かないでいるうちにリーダーは7人分の食券を揃えて戻り、無事夕食となりました。翌日の天気は早い段階で雨の予報のため、何度も作戦を練っているようでしたが、私は皆さんの足を引っ張らないようにと願いつつ就寝。
26日 一日早く秋田に戻る会長と一緒に5時からの朝食を済ませ、天候悪化を予想して早めの6:10白馬山荘を出発し、大雪渓入口の分岐で会長と別れていざ杓子岳へ。晴れていれば進む先に切り立った稜線が続いていたであろうけれども、雨と風に遮られ、見えるのはがれ場を歩く足元のみ、時々鮮やかな高山植物たち…気が付くと杓子岳の山頂に到着していました。次は白馬鑓ヶ岳という頃、遠くに雷鳴が聞こえ始めのんびりしていられなくなってきました。急いで白馬鑓ヶ岳の山頂を踏み、個々に写真撮影を済ませ足早に稜線を下り始めました。鑓ヶ岳温泉小屋へはひたすら下り坂なうえ、雨は何時のころからか靴の中を濡らしていて休憩を取ると体の熱が奪われるため、トップの相原さんはできるだけ足場のしっかりした場所や風を避けられる所を選んで小休止を取り、疲労を最小限に抑える歩行で鎖場までたどり着くことができました。(途中休憩の時、初めて野生の猿を見ました。熊の対処方法は最近耳にしますが、猿の場合は?)鎖場では団体の人たちが先にいましたが何か様子がおかしい…負傷者がいる…私も後半2回転倒していたので、トップのIさんや後ろのGさんやAさんから時々歩行のアドバイスをもらいながら、悪天候の中でも安全に下山できました。鑓ヶ岳温泉小屋に到着すると一目散に温泉へ。「生き返る」ってこんな感じかと思いました。無事に山小屋へ到着して、当然のことだけれど長年安全登山を目指して80周年を迎えた秋田山岳会の皆さんの厳しさや凄さに改めて尊敬の思いを強くしました。
27日 最終日は雨が上がるのを待って予定を遅らせ、6時50分温泉小屋を出発。その後順調に下り猿倉荘に到着。予約していたタクシー会社の車も偶然客待ちのため猿倉荘にいたので、八方バスターミナルへは11時過ぎに到着。ゆっくり入浴できました。帰りのタクシーの運転手さんから、スケールこそ違いはありますが角館の観光業に通じる現在の白馬村の状況を聞くことができました。
夢のような4日間はあっと言う間に過ぎてしまい、山も雲の中で本当に歩いたかと言われるとほぼ足元の記憶になりますが、時々雲の切れ間から見えた一瞬の風景を目に焼き付け、この山行が夢で終わらないようにあまり上手くない文章でも記録の一部として『稜線』に掲載していただけたら幸いです。
この度、大切な記念登山に参加させて頂きありがとうございました。
感想 ③
白馬三山縦走を終えて 久々に秋田山岳会の皆様と山を共にし、心から楽しませていただきました。誠にありがとうございました。 あいにくの天候となりましたが、道中では多くの高山植物を目にすることができ、花好きとしてはこの上なく満足のゆく山行となりました。
見ることができた主な花々
イブキトラノオ、クモイナデシコ、ミヤマオダマキ、コマクサ、タカネバラ、ベニバナイチゴ、ハクサンフウロ、コイワカガミ、ツガザクラ、ハクサンシャクナゲ、ハクサンコザクラ、タテヤマリンドウ、タテヤマウツボグサ、イブキジャコウソウ、ミヤマシオガマ、ヨツバシオガマ、タカネシオガマ、ミヤマクワガタ、ウルップソウ、リンネソウ、チシマギキョウ、ミヤマアズマギク、ウサギギク、クロトウヒレン、クルマユリ、ミヤマダイコンソウ、ミヤマキンバイ、オタカラコウ、コガネギク、ネバリノギラン、ニッコウキスゲ、キンコウカ、タマガワホトトギス、オヤマンバ、ウラジロタデ、タカネツメクサ、コバノツメクサ、イワツメクサ、ハクサンイチゲ、カラマツソウ、モミジカラマツ、サンカヨウ(実)、ヒメウメバチソウ、シコタンソウ、ミヤマダイモンジソウ、ズダヤクシュ、チングルマ、タカネトウウチソウ、シロウマオウギ、ゴゼンタチバナ、ミヤマシシウド、ハクサンボウフウ、アカモノ、イワヒゲ、シラタマノキ、アオノツガザクラ、ミヤマホツツジ、イワイチョウ、ミヤマコゴメグサ、タカネヤハズハハコ、イワショウブ、コバイケイソウ、ワタスゲなどなど他、間違いの節はご容赦ください。
感想 ④
白馬岳、初めて登ったのは入職した年であった。職場の先輩から、「大学山岳部の小屋があるので、そこに泊まって登ってみないか?」この一言がきっかけで、職場の上司(当時は次長)、先輩、先輩の秋高山岳部時代の後輩で秋田市役所職員Iさんの4名で、夏期休暇を合わせ計画した。先輩が手配して、前泊と後泊に山小屋を利用させてもらうことができた。山中はテント泊であったため、山行に要する経費は交通費と食費類の微々たるものであった。
その先輩とはその後も一緒に白馬岳に登った。酒を飲むと、きまって歌う歌があった。「薪割り 飯炊き 小屋掃除 みんなでみんなでやったっけ 雪解け水が冷たくて 苦労したことあったっけ 今では遠くみんな去り 友をしのんで仰ぐ空」から始まり4番まで歌う。大学山岳部の歌だそうで、「山の友よ」という題名だと教えてくれた。「浦山おまえも歌え」と強制され、よく歌ったため私も歌詞を覚えている。山ではいいが、居酒屋では周りの迷惑になるため、職場の上司からよく怒られていたのを思い出す。
その先輩も、51歳という若さで、膵臓がんのため亡くなった。亡くなる1週間前に見舞いに行ったところ、「自分が亡くなれば住宅ローンもチャラになるから、妻と子供も喜ぶだろう」と冗談交じりに話していた。
午前0時、自宅を出発し、その先輩を思い出しながら新潟に向かって走っていた。
高速代の夜間割りを利用するため、この時間の出発としたが、その目論見は外れた。秋田を出発し、いざ岩城ICにさしかかる手前で、電光掲示板に岩城ICから大内JCSまで夜間工事のため22時から6時まで通行止めとある。ほかの貨物トラックと同様に、仕方なく7号線を南下した。その後も酒田港ICから鶴岡ICまで通行止めで、鶴岡ICからあつみ温泉ICまでの間高速を使用した。その後も、朝日まほろばICから新発田ICまでが通行止めで、新発田ICから糸魚川ICまで高速を使用した。
時刻は朝7時。糸魚川市内のラーメンショップで朝ラー(520円)を食し、白馬村を目指し国道148号線を南下する。早めに8時半に白馬村に到着し、スーパーで買い物を済ませ、八方バスターミナル(以下「BT」と略す。)前の八方美人の湯に入り夜通しの運転の疲れを癒やし、12時10分発のバスを待つ。バスを待っている間、片方のストックの石突きのゴムキャップがないため、BT内のモンベルショップで購入し準備を整えた。バスは少し遅れて到着し、ここで降りる人をやり過ごし、バスの前の席に乗った。降りてから気づいたのだが、佐々木さんの以外の方が後ろに乗っていてびっくりした。ということで、無事合流を果たした。
栂池ヒュッテでは、男性陣で明日からの天気を祈願し、ビールとワインで乾杯し早めに就寝した。
翌25日は、白馬乗鞍岳直下の雪渓が10mくらいしかなく驚いた。数年前の会山行では、百メートル以上あってロープが張られていたのでこれも温暖化の影響だと感じた。持って行ったアイゼンは、この場では使用しなかった。
白馬乗鞍岳から白馬大池に下り、大池山荘で大休止をした。ここが最後のトイレということで、並んで用を済ます。利用料は200円であった。
ここからは、風が強く、ガスの中の稜線を歩く。先が全く見通せない中、小蓮華山、三国境を通過し白馬岳の登頂を果たした。
途中、雷鳥親子や綺麗な高山植物に巡り会い、わいわいガヤガヤ楽しい山行になった。
白馬山荘は日本最大の収容人数800人の山小屋で、今年で120年を迎えるということで、記念ステッカーを頂いた。本日、満員御礼とのこと。私たちパーティーは、20人部屋に入った。同室の7名は翌朝4時発で朝迷惑かけるかもと恐縮していたが、そこは山小屋お互い様である。
スカイレストランで生ビール、ワインで乾杯し、登頂を祝った。
翌日は、朝から上下とも雨具を着込んでの出発。ガスで10m位先しか見えない。白馬頂上宿舎まで下り、ここから皆さんと別れ1人猿倉に降りる。途中大雪渓があるため、履き慣れた12本爪のアイゼンとピッケルを持参しており準備は万端。いざ雪渓を求めガスの中下山すること1時間。ようやく雪渓の全貌が現れた。ここで、ガスが晴れ、日差しが出てきたため、雨具のズボンを脱ぎアイゼンを装着した。
雪渓歩きは快適で、30分で通過してしまった。この30分のためにアイゼンとピッケルを持ってきたかと思うと、とても複雑な気持ちになったが何よりも安全第一、無事に通過したことにホッとした。アイゼンを外し、登山道をしばらく歩くと白馬尻小屋に到着。テント場横の大きな石には、「お疲れさん!ようこそ大雪渓へ」と白いペンキで書かれている。数年前は、ここからアイゼンを装着して雪渓を登ったが、それも今は見る影もない。小屋の人に聞いてみると、今年の雪解けの状況では、お盆前には通行止めになると思うとのこと。ここでも温暖化の影響が出ているようだ。
しばらく下っていると、スコールのような雨が降ってきてずぶ濡れになった。局地的なのか通り雨なのかわからなかったが、空を見ると暗く厚い雲が覆っている。乱層雲だ。当分この雨は止みそうになかったため、いったん脱いだ雨具のズボンを雨の当たらない木の下を選んで履きかえす。雨のせいで登山道の石が濡れとても滑りやすくなっていた。しばらく下っているとツアーの10人組みの団体に追いついた。話を聞くと、朝5時に白馬山荘を出発したとのこと。8人にガイド2人がついていた。その中の年配の女性が石に滑って転倒した。後ろを歩いている人は3人。その中の1人が、前方を歩いている人達に大声で「ちょっと待って」と叫んでいた。後方を歩いていたガイドが転倒者の救助に取りかかっている。もし、叫んでいなければ取り残されていたのではと、ぞっとした。私も心配でのぞき込んで様子を見ていると、その女性は左足首を捻ったようで、痛くて歩けないと訴えていた。一瞬骨折を脳裏によぎった。ここから林道まで15分くらい。処置や対応はガイド2人がいるので大丈夫と思い、その場を後にした。林道に到着してからも、相変わらず雨脚は強い。林道と並行して流れている松川は茶色く濁流化している。林道に流れ込んでいる長走沢は、膝下くらいまで増水しており、これ以上増水すれば渡れそうにない。その後も水の入った登山靴をガッポガッポいわせながら歩き、白馬山荘を出発してから3時間20分、9時30分に猿倉荘に到着した。
先に到着してタクシーを待っている人が6人ほどいた。次のバスは11時20分。トイレで会った1人に声をかけたところ、行き先が一緒だったことからBTまで一緒にタクシーを利用することにした。ちなみにバス運賃は2,000円。猿倉荘からタクシーを呼ぶと15分ほどで到着した。料金は一律4,000円だという。バス運賃と同額を出し合って15分ほどでBTに到着した。相変わらず激しい雨が降る中、BT近くのローソン横の村営無料駐車場まで歩き、車内で着替えた。糸魚川ICから高速道路を使用したが、新潟県内の高速道路は、前が見えないくらいの大雨で50㎞制限であった。大雨で通行止めにならないか心配でラジオの道路情報を聞きながら走ったが、幸い大丈夫で、自宅に19時頃に到着した。
亡くなった先輩のことは、時間と共になにも感じなくなっているが、白馬岳に来ると、自然と想い出す。あのときのメンバーの2人が鬼籍に入っているが、秋田駅前の“まんぷく食堂”や山王の“清美食堂”で計画を話し合ったことは今でも鮮明に思い出される。
時が経つにつれ、当時のまんぷく食堂、雪渓、メンバー、記憶がなくなっている。そんなことを想いながら運転していた。
リーダー、サブリーダーには、記念登山という一大行事の計画立案から手配まで担っていただき、気苦労が絶えなかったことと思います。怪我等もなく全員が無事に予定していた行程を終えたことに感謝申し上げ、私の感想とします。ありがとうございました。

































